平成19年8月25日発行 通巻105号
NPOリレーインタビュー
がんばれネットワーク
三重県NPO室が発行する市民活動・ボランティアニュース2007年9月号掲載の多賀輝宏(たが・てるひろ)さんのインタビューです。
三重県内の市民活動団体の人をリレーで紹介していきます。但し、紹介するに当たってはルールがあります。1・同じ地域で無いこと。2・同じ活動分野で無いこと。さてどんな人がどんなふうに、つながっているのでしょう。リサイクル、リユースの情報交換の場「ぐるぐる」の代表である加藤小映子さんからバトンが渡ったのは多賀輝宏さん。視覚にハンディを持ちながらも、自ら盲導犬など補助犬の理解を広める活動を行っています。
自分が出ていかなかったら、
多分変わってなかったろうなと思うな。
三重補助犬普及協会理事長
多賀輝宏さんに聞く
補助犬に対する理解を深めたい
……多賀さんの活動を教えてください。
NPO法人三重補助犬普及協会(以下、普及協会と略)の理事長がほとんどメインです。後は三重県ユニバーサルデザイングループのアドバイザーとして、講演などに月2回くらいでかけています。
……多賀さんは生まれた時から視覚にハンディがあったのですか?
今思うと子どもの時から夜盲と視野狭窄はありましたね。時代が時代ですから医学的な知識が今よりも少なかったから気付かずにいただけで。つまづくことが多い、不注意な子どもだと親も本人も思っていました。病気を知ったのは、子どもが生まれた時です。子どもが少し目の様子がおかしかったので病院で検査をしたのですが、その時に僕もついでに診てもらって病気がわかりました。「将来的に失明するおそれがある。できるだけ強い光を避けて生活しなさい」と言われましたが、それまでに散々、雪山や海水浴に行ってますからね(苦笑)。その頃、視力は0.7ぐらいあり、それほど不便は感じませんでした。ただ、視野が狭くてね。普通なら120度あるところが、僕は20〜30度しかありません。カタリン注射を5年、脳下垂体の移植、レントゲン照射を半年。できる限りの治療はしましたが、結局効果はなかったですね。42歳の時、見えなくなりました。
……盲導犬利用者になったのはいつですか?
4年前。2003年の2月に、盲導犬のクロスが僕のところに来ました。三重県に初めて盲導犬が来たのが25年前になります。
……普及協会はいつできたのですか?
同じ年の秋に盲導犬使用者と一緒に熊野古道を歩くイベントを企画しました。その時に、参加された盲導犬使用者に、普及協会設立を呼びかけました。
……なぜ、普及協会を作ろうと思ったのですか?
三重県の盲導犬は頭数も少なく、社会の理解や対応にしても最低のレベルでした。この年の5月に補助犬法が成立し、10月に施行されましたので、行政と協働しながら、盲導犬が市民権を得られるよう県内に広めていくのが大切だと思い、設立しました。特に僕が住む津市は三重県の県庁所在地として、人が集まってくる状況にも関わらず、当時、盲導犬を受け入れてくれるホテルや飲食店はほとんどありませんでした。
……ハンディを持つ方が団体を設立するのは少ないのでは?
作業所などの立ち上げは当事者やその親でしょう?それを同じです。まったく無関係の人は、ハンディのある人の問題になかなか気付かないし、運営も難しいと思います。
……盲導犬に関する問題とは?
社会の理解だけではなく、視覚障害者の中でも、「盲導犬は世話ばかりかかって、大変だ」と言う噂が広がっていました。僕は盲導犬は車と同じだと思っています。手入れも必要だし、経費もかかる。盲導犬もそう。一緒に外出しなければ、世話が必要なだけで、単なるペットになってしまう。事実、そういう状態が多い。でも、どんどん外出していれば、盲導犬も場所などをすぐに覚えてくれますし、活動範囲も広くなります。何度も通っている場所なら、クロスは命令しなくても、スーッと入り口に入っていきますよ。
……補助犬普及協会という名前ですが、盲導犬以外にも種類があるのですか?
聴覚を助ける聴導犬、肢体不自由の方を助ける介助犬などがあります。ハーネスの会など、盲導犬をサポートする団体はありますが、補助犬全てをサポートする団体は全国でも、三重県だけでしょう。我々は補助犬全てを普及したいという思いで、三重補助犬普及協会と名付けました。けれど、残念ながら肢体不自由の方や聴覚障害の方から問い合わせがあったのは1〜2件ですね。盲導犬の場合、今年で誕生50周年を迎えるなど歴史がありますし、各県でも使用者に補助が出ています。でも介助犬や聴導犬は、盲導犬の2倍くらい訓練費用がかかり、特に介助犬は、利用者の身体機能に合わせてのオーダーメードになりますから、訓練士がひと月ほど、泊まり込む必要があります。その宿泊費なども自己負担ですし、利用の経費も高価ですが、行政からの補助はありません。
……NPOをつくることに躊躇は?
1988年にこもれびセンターを設立するなど、普及協会を設立する前にもボランティア活動をしていましたから、組織を作って、事務作業をすることに抵抗はありませんでした。こもれびセンターでは自身のコンサート活動の他、全国の視覚に障害を持つ音楽家に呼びかけて、登録と派遣などを行っていました。私たち自身のコンサートはシロウトもいいところで、文化的な活動としての意味はほとんどありませんでしたので、本当に文化的な活動が行える方たちを紹介したいと思い、始めました。まず、音楽家各人に手紙を書き、登録を募集し、次に全国の自治体にコンサート派遣の案内状を送りました。15年で100回近く派遣させてもらったかな。それ以外に自分たちのこもれびコンサートも400回近くやってきました。
……登録希望者は何人ぐらいですか?
20人ぐらい。出した手紙の漢字や点字が間違っていて、「いい加減な所だ。信用できない」と断られたこともありましたよ。こちらは視覚障害者になってから日が浅かったからね(笑)。
……宛名書きなどはボランティアを募ったのですか?
宛名書きと封筒づめは自分たちで行います。全国約2500の自治体に20ページほどの案内状を送付します。宛名書きはパソコン。その頃はDOSマシンで、住所録ソフトのアドボイスというのを使っていました。予め全国市町村名が漢字で登録されているソフトでしたので、各役場の住所を対面朗読して入力すれば、ほとんど間違えることなく登録できました。
……視覚に障害のある方が事務作業をこなすのは大変では?
むしろパソコンが扱えるようになる、習熟のためにもいい機会でした。僕たちはマウスが使えないでしょう。操作は全てキーボードで行うので、DOSマシンは使いやすかったですね。ウインドウズは機能が多すぎて使いにくい。タブやコントロールキーを何回押すかで機能が変わるのですが、この順番を間違えると作業がパーになるし、覚えるのもなかなか大変です。だから最近はちょっと諦めてて(笑)、メールと文章作成がなんとかできればいいかなと思っています。
ハンディがあるからできるボランティア
……三重県ユニバーサルデザイングループではどのような活動をしているのですか?
アドバイザーです。他のユニバーサルデザインのグループは高齢者、障害者、妊婦の不便を体験する体験会が活動の中心。それはそれで面白いし、意義がありますが、そこを入り口にしてもっと進めていかないと、本当にユニバーサルデザインを理解することにはなりません。このグループはそこまで進めています。
……一般的なイメージでは障害を持っている人はボランティアされる側ですが?
もちろん、ボランティアしてもらうことは多いですけど、障害があるからこそできることもありますから。例えばアドバイスとかなら、ボランティアすることも可能です。
……視覚障害者が外出を嫌うのは、環境が整っていないから?
「危いから、外へ出ないで」と、家族が止めることが多いですね。三重県視覚障害者協会には500人ぐらいが加盟していますが、障害を持った人自体は残り5000人ぐらいはいると思います。その人たちは家の中だけで生活しているわけです。でも、当事者が出歩かないと、社会全体に理解してもらえません。僕の自宅近くの雲出の交差点、以前は横断歩道に車が止まっていることが多く、週2回くらいはぶつかってました。信号が変わる間際に右折したはいいけれど、前が進んでいなくて横断歩道上に止まってしまうようです。でも、僕が盲導犬を連れて出歩くようになってからは、年1回ぶつかるくらいに減りました。僕はほぼ毎日、外出しますし、バスも市内の路線はほとんど乗りました。最近ではバスに乗ると運転手さんが「今日はどこで降りる?」と声を掛けてくれます。乗る時も見知らぬ人が「バス来ましたよ」と教えてくれるし、そういうことがすごく増えてきました。10年前には思っても見なかったことですから、社会全体が変わってきたと言えますね。
……ハード面の整備はどうでしょう?
かなり整備されてきましたけど、行政も視覚障害者協会の役員や警察も、どうしても公共の福祉に重点を置きますから、人通りの多い所に点字ブロックやエスコートゾーン(横断歩道の点字ブロック)を敷設しますね。それは確かに一理あるし、必要なことだけど、それだけでは困ります。人通りの多い所なら、困ったことがあってもすぐに人にお願いできるでしょう。津市の中心部、三重会館の辺りなら人が多いから極端なことを言えば、音響信号が無くても道路を横断することができます。でも、人が少ない所は無理ですから、ハード面を整備する必要が出てきます。
……10年で変わったと言われましたが、自分がそこに役立っているとは思いますか?
それはもう(笑)。自分が出ていかなかったら、多分変わってなかったろうなと思うな。車や壁にぶつかって痛い思いもしたけれど、それは時間が経てば治るからね。
……「目が見えたら…」と思うことはありますか?
視覚は一番、楽しみに繋がっている感覚だと思います。イタリア旅行で、ミケランジェロが彫った壁画を触らせてもらいましたけど、何が彫られているのかは、さっぱりわかりませんでした。「ミケランジェロが彫ったんだ!」という感慨はありましたけどね。人の顔もわからないし、景色もわからないから、旅の楽しみは減ります。
……サポートの方法はないのでしょうか?
今までに一人だけ、景色を視覚的に説明してくれた方がいます。シアトルに行った時、「見えないから、行かない」と外出を嫌がった僕に友人が「教えてあげるから、行こう」と連れていってくれました。彼女は三方の景色を説明してくれました。「海に山の方から陽が入ってるよ。観光船が移動していく。東の方は暗くなってきて…」って。その説明で、景色が目に浮かんできました。実際の景色とは違うかもしれない。でも、その風景が視覚的に残っています。
……練習する方法もあると思いますが?
7月26日に視覚障害者のショッピング体験の研修会を開催しました。津市の松菱百貨店に協力していただいて、視覚障害者は自分の欲しい物を探す、店員さんには視覚的に商品を説明してもらう、そしてそれをサポートするボランティアさんにはガイドの仕方を覚えてもらうという、三者が三者なりの研修をしてもらう体験会です。集合場所の津駅からバスで松菱まで移動しました。実は自分でバスに乗ったことがある視覚障害者はほとんどいないんですよ。真ん中にあるドアから乗るというのはガイドさんが連れていってくれるから知っているけど、整理券はどこで取るのか、降りる時にどのボタンを押せばいいか。両替、料金をどこに入れればいいか。ほとんどの人が知りません。ボランティアさんについてはもらうけれど、頼りにするのではなく少しでも自分でできりようになって欲しい。座る場所も自分から周りのお客さんや運転手さんに「どこが空いてますか?」と聞けるようにならないと。すごく杖を使うのが上手で、バスや電車にも自分で乗れる人が、歩行訓練士さんに「あなたは中級どまり。ここに来るまで一度も人に声を掛けませんでしたね。それでは知っている所しか歩けません」と言われたそうです。僕らは人に聞かないと知らない所は歩けません。それは厚かましいことだけど、必要なこと。それができるかどうかで、心の自由が保障されるのです。
7月26日に行われたショッピング体験。盲導犬利用者も多数集まりました。
多賀輝宏さんはこの人を紹介します。
井上苑枝さん
音訳ボランティアからスタートして30年。活動内容は徐々に広がっていきましたが、「自分が動けるかぎり福祉ボランティアでありたい」という志は変わりません。
おねがい
市民活動・ボランティアニュースに情報を提供される際、以下のことにご注意ください。
(1)原稿はニュースにそのまま掲載できる状態にして、
毎月10日
までにお送りください。
(2)送付はE-mailもしくはFaxで。その際、「市民活動・ボランティアニュースへの掲載のお願い」と件名を明記してください。
Fax.059-222-5971 E-mail seiknpo@pref.mie.jp
転載を希望される場合は必ずNPO室に連絡してください。
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